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文明戦争と太平洋戦争

 


昨夜、中西輝政氏の『国民の文明史』のシンポジュームを聴いて、触発されたこともあって、私は先の太平洋戦争を、一つの文明戦争として、宗教戦争としても捉えることも出来ると思った。マルクス主義の唯物史観の図式では、資本主義諸国の市場獲得の矛盾対立が戦争の主たる原因とされており、また、それは真理の一面をついているとも思うが、もう一つ側面として、文化文明の対立として、そして、文化文明を根本的に規定するものが宗教であるとすれば、宗教戦争の一つとして捉えることも出来ると思う。絶対主義天皇制文化と、民主主義キリスト教文化の間に生じた戦争である。実際この戦争の日本の敗北によって、日本の文化文明は、大きく変革することを余儀なくされた。


 


そして、今日の日本国民の苦悩は、他者によって半ば強制的に変革を余儀なくせられた文化文明のなかで、敗戦によって主体性を失った、一種の植民地的な文化状況のなかで腐敗し堕落した民族性、国民性の根拠をどのようにして回復するかという、その困難さに由来する。また、その病が自覚されていないことによって、それはいっそう深く、困難なものになる。この病が死に至るのか、的確な処方箋によって回復するのか良く分からない。



それに対して、ヨーロッパの戦争は、ナチスドイツに対する、英米仏の戦争である。もちろん、ここに共産主義ソビエトが加わるが。この戦争はふつう、民主主義と全体主義との対立として捉えられている。これも、もちろん、先の第二次世界大戦を分析して行く上で、基本となる観点であるとは思う。しかし、このヨーロッパの戦争は、いずれも、キリスト教国間の戦争であり、日本とアメリカのように異文化間の宗教戦争と図式では説明しきれない。ナチスドイツの全体主義、民族主義との戦争である。


 


先の第二次世界大戦の世界史的な必然性と意義、その一環としての太平洋戦争の必然性とその文明史的な意義を考察することは、今後の課題であると考えている。


 


これらはいずれも過去の戦争である。過去の戦争を研究し、分析することによって、将来の戦争の可能性について研究しなければならない。そのもっとも高い可能性は、対中国、対北朝鮮との間に生じる戦争である。その戦争は、文明の型を争う戦争であり、思想の戦争である。


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のち
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by hosi111 | 2005-07-14 01:41